こんにちは、ドクタールウです。
今回は、世界的にも注目されている「新型インフルエンザ」についてです。
日本は対策はどうなっているのか?
相変わらず厚生労働省はなかなか公表しませんが。
米マサチューセッツ州の新型インフルエンザ対策
最近、新型インフルエンザの世界的大流行の可能性への関心が高まってきている。日本のメディアでも、東南アジアの鳥インフルエンザの状況や世界保健機関(WHO)の報告がしばしば取り上げられている。2006年7月4日時点でH5N1型鳥インフルエンザの感染者は229人、うち131人が死亡しており、致死率は50%以上と非常に高い。一方、インドネシアにおける5月末の集団感染例が、当初、ヒト-ヒト感染の拡大の可能性を強く疑われたが、6月16日時点で否定された。流行の規模を示すWHOのパンデミックフェーズはレベル3(ヒト-ヒト感染はない、または非常に限定されている)である。
今年5月、米国マサチューセッツ州は全米に先駆けて新型インフルエンザに対する災害想定とそれに対する行動計画を発表したので紹介したい。日本でも、都道府県単位で新型インフルエンザ対策が発表されているので、それらとの違いについても後述したい。
米政権、新型インフルエンザの行動計画を発表
2005年夏のハリケーンカトリーナ被害への対応失敗に対し、政権への批判の声が高まりつつあった同年11月1日、ブッシュ大統領は米国における新型インフルエンザ対策計画を発表した。各種対策のために71億ドルの新規の予算が計上され、うち38億ドルが翌12月に議会の承認を経た。予算の75%はワクチン開発とタミフルなどの薬剤の購入に当てられている。さらに2006年5月3日には新型インフルエンザ対策のための実行計画を発表した。その中では、政府機関を中心にした300項目にわたる行動計画を明記している。
マサチューセッツ州は米国東海岸に位置する人口650万人の州であり、筆者が所属するハーバード大学公衆衛生大学院やハーバード大学医学部、その教育関連病院など、世界最先端の医療・公衆衛生機関がある。伝統的に、医療・公衆衛生に対して非常に関心の高い土地柄で、同州保健局は全米で最初に設立された。最近では米国国民の長年の夢であった国民皆保険制度の推進を進めている。
タミフルの備蓄も国家事業として最優先課題の一つに位置付けられている。今年末までに、全米で2600万人分の確保を進めている。ワクチンについても国家事業としてストックの確保が進められているが、現時点でヒトへの臨床使用が可能なH5N1インフルエンザワクチンは開発されていない。畜産用のワクチンは400万人分がストックされている。
一連の準備は、2001年同時多発テロの際に米国で発生したバイオテロに対する対策を移行する形で進められた。バイオテロ対策で必要とされた要素として、(1)サーベイランスシステム、(2)病原体同定の検査体制の確立、(3)大量の傷病者が発生したときの医療機関の受け入れ態勢、(4)ワクチン開発、(5)薬剤の配布システム、(6)隔離、(7)リスクコミニケーション、などが挙げられるが、これらはそのまま新型インフルエンザ対策に応用可能である。これにパンデミックに関する国際的なネットワークの確立を加えることで、新型インフルエンザ対策の骨格が確立された。マサチューセッツ州や全米各地の新型インフルエンザ対策は未だ準備段階であり、関係者は「準備完了にはほど遠い」と洩らしている。
東京都、人口2倍で確保病床数はマ州と同じ
日本では、厚生労働省や農林水産省を中心とした政府レベルに加え、都道府県レベルの動計画が発表されている。その中で東京都とマサチューセッツ州のインフルエンザ対策を比較してみよう。
東京都では、流行ピーク時に確保可能な病床数はマサチューセッツ州とほぼ同じ2万6500床とされている。しかし、東京都は、マサチューセッツ州(2万7000km2)の13分の1の面積(2100km2)に2倍の人口が居住している。移動手段は公共交通機関が中心で、感染の機会が高いことは容易に想像できる。国民皆保険で医療機関に気軽にかかる国民性があり、しかも入院期間も長くなることが予想される。このような違いがありながら、確保可能な病床数がほぼ同じであるのは、やはり問題ではないか。
残念ながら、私の知る限り、救急・災害医療関係者で新型インフルエンザに関する訓練を受けたり、専門的な知識を持っている人、災害訓練のシナリオを書ける人は非常に限られている。日本の救急・災害医療関係者が通常「災害」で想定するシナリオは、大地震または列車事故などにより外傷患者が集団発生する状況であり、現時点で新型インフルエンザのパンデミックは「想定外」と言わざるを得ない。新型インフルエンザを想定した机上演習は行政機関などで一部行われているが、新型インフルエンザの大流行に対して医療機関がどのように対応するべきか、議論は十分に行われていないと思われる。
2003年のSARS流行の際には、日本は水際で流行を阻止できた。しかし、流行した際の医療機関における対応はほとんど準備されていなかった。当時、私も日本の医療機関で勤務しており、マニュアルを作成しただけで終わってしまったことをよく覚えている。
一方、米国はバイオテロの経験から、新興感染症の恐ろしさを身をもって知っている。マサチューセッツ総合病院では2005年10月に新型インフルエンザを想定した災害訓練を行っており、そこで浮かび上がった問題点をもとに行動計画の充実に努めている。残念ながら日本の新型インフルエンザ対策は、机上の議論であり、血肉が伴っていないのが実情と思われる。
医療関係者に限らず、多くの人は「人口の30%が感染」と聞いた時点で「そんな大げさなことが起こるはずがない」と思い込んでしまう。公衆衛生関係者の間でも議論の分かれるところだ。
新型インフルエンザのパンデミックが起こる可能性はゼロではないが、仮に起こってもスペイン風邪の時のように、世界で数億人が命を落とすことは考えにくい。1918年と比べて格段に医学・公衆衛生は進んでおり、また現在は関係者が非常に関心を持って新型インフルエンザの動向を見守っているからである。そのため、仮にパンデミックが起こったとしても、一定の犠牲はあるかもしれないが、感染の拡大を封じ込めることは可能であると思う。
米国では、現政権が新型インフルエンザを安全保障上の問題と位置付けているのは、ハリケーンカトリーナへの対応遅れに対する批判をかわすためだと見る向きもある。仮にそうだとしても、医療関係者としては「最悪」を想定して備えなければならないだろう。2003年のSARSの流行などを見れば、パンデミックから社会を守るための備えをしなければならないのは明白だ。
【著者プロフィール】
永田高志(ながた たかし)35歳、1997年九州大学医学部卒業。整形外科、救急・外傷医療が専門。ハーバード大学人道援助組織HHIでリサーチフェローとして研究活動中。同大の教育関連病院であるブリガム・アンド・ウイメンズ病院の救急救命部門で米国の救急医学の臨床を学んでいる。
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